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「わかりすぎる」世の中

アイドルは不透明だ。けれどそこがいい。

もっと知りたいと思わせるお仕事だし、そこで実際には触れ合わないのがプロだと思う。(蛇足ですが、ファンに手を出すと公言するお笑い芸人さんは、良い悪いは置いといてプロじゃないなぁと思います)わたしも、いのちゃんに出会えた人生だったらなぁ〜と思いながら、一生触れ合うことのないだろうその人のことをお金をかけて応援している。

ただ、最近は色々と分かりすぎてしまう。うそかまことか、ネットによって情報過多すぎる現代。

田口くん脱退と聞いてから私はしばらくセンチメンタルな気分だった。この分かりすぎる世の中だと、どうもアイドルは生きづらいだろうなぁと思いながら。

田口くん脱退?なんで?どうして?結婚?嘘だ信じない!そう思うファンの方は田口くんの彼女らしきタレントのブログに急ぐ。

少し前もそうだった。藤ヶ谷くんのスキャンダル。「どういうこと?教えて!ガヤログで謝罪して!そして否定して!」。

なんでもかんでも分かる世の中だから、なんでもかんでも説明しないと責められる。言葉にすることを求められる。


振り返ると私のジャニオタ人生の始まりはKinKiの剛くんだった。がっつり剛担だった私。けれどその時期何年も、剛くんは不安定だった。ころころ変える髪型、全然喋らない冠番組、光ちゃんとのコンサートも心ここにあらずといった時もあれば、袖に引っ込んであまり出てこない時もあった。ソロではすごく独特な感性の音楽を、血の滲むような苦しげな言葉で紡ぐようになった。

でも私にはその時の剛くんのことなんて微塵にも分からなかった。ここまで情報過多な世の中じゃなかったから。次の日すぐネットニュースにあがる世の中じゃなかったから。もしもあの頃、SNSが普及していたら?「なんで剛くん元気無かったの?だれか教えて。どこかに手がかりがあるはず。調べなきゃ」。みんなが好き勝手しゃべる、しゃべる、しゃべる。考えるだけでぞっとする。

そして何年も経って私は剛くん本人の口から、「人間不信だった」「自殺したかった」と聞く。ひどく悲しかった。リアルタイムで知りたかったと思う気持ちと、知っていて何ができたんだと思う気持ち。

同じく剛担だったお姉さんはつぶやいた。「もう変なファッションでも変な宗教音楽でもいい。剛が生きてさえいてくれれば」。そう言っていた言葉の意味は、あながち間違いじゃなかったのかもしれない。


「知りたい、けど、どんなにがんばっても本質には触れられない」。それがアイドル。‥理解してるつもりではいる。でも、いのちゃんに何かあったら死にものぐるいでネットサーフィンするだろうわたしも、きっとこの世の中に染まってる。ごめんね、いのちゃん。こんなファンで。


田口くんをとりまくナイフのような言葉が、今の私には刺さりすぎて痛い。